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1

ざんげのポーズにため息   
作品を食べられて… 渡辺順子   



はり絵づくりという仕事をしていると、一日中一人で机にかじりついて、
作業をする日は珍しくない。
たいてい机の横には、真っ白なマルチーズ「タコ」がちょこんと座っている。  自他共に認める愛犬家の私はつい、仕事の手を止めて抱っこしたり、
ボール遊びに付き合って一時間くらい無駄にしたりしてしまう。
外出しない日などは唯一の話し相手であり、気晴らしをしてくれる存在なのだ。はり絵の制作中、タコはいつもお利口にして見ているだけ。でも時々、とんでもないことをしでかすことがある。  あれは、ちょうどテレビ番組で使う作品に取り掛かっていたときだった。
番組のメーンカットとなる「おばあさん」は事前に仕上げておいたのだが、いざ撮影の段階になって手直しを求められた。「明日の撮影までに間に合わせなければ。失敗はできない」。
かなりプレッシャーもあったが、何とか修正したものを仕上げることができた。  でもタコはそんな事にはお構いなし。
私がほんのちょっと目を離しているすきに、おばあさんは“行方不明”に。  「あれ、飛んじゃったかな?」。私が作っているはり絵は、切手ほどの小さなサイズが多い。その時に使っていた素材は和紙だったので、クーラーの風や鼻息で吹き飛んでもおかしくない。
床にはいつくばって目を皿のようにして探し始めて間もなく。リビングの床で手足、頭がバラバラになったおばあさんが発見された。  
万事休す。迷わずタコを目で追うと、すでに足を天井に上げ、腹ばいになっていた。悪さをした時にする「ざんげのポーズ」だ。
笑いとため息が一緒に出た。  その夜は、タコをひざに乗せ徹夜。
何とか撮影に間に合わせた。

(はり絵作家、絵・タイトルも)



2
闘病の日々見守ってくれた   
最初の動物作品「しょう」  渡辺順子 


はり絵の仕事では、かわいらしい作品を注文されることが多いせいもあって、動物をつくる機会は多い。私が初めてつくった動物のはり絵といえば、17年間も家で飼っていた雑種の犬「しょう」だった。  しょうがわが家にやって来たのは、私が中学3年のとき。妹が河原に捨てられていた子犬を拾ってきた。脚が長く顔もりりしかったが、外見とは裏腹にお手もオスワリも覚えなかった。怖がりで気も弱かったけど、愛嬌(あいきょう)はあって誰からもかわいがられた。  しょうは私が30代になるまで長生きしたので、人生の半分くらいを一緒に過ごしたことになる。ちょうどその時期は、私にとってはとてもつらい日々だった。18歳のとき膠原病の一種の病気を発症して、20代のほとんどを病院で過ごした。当時通っていた音楽学校を中退し、アルバイトも趣味のピアノも、外出も制限された。  とても耐えがたかったが、抵抗しても病状は悪くなるばかり。入退院を繰り返していたころ、久しぶりに家に帰るとしょうが寄ってきて、くんくんとにおいをかいだ。  数年かかったが、私はすべてを受け入れ、何度目かの入院中、ベッドの上ではり絵を始めた。検査で絶食ともなれば、はり絵でお寿司(すし)や天丼をつくり、お見舞いの花やぬいぐるみなど、目についたかわいいものを夢中ではり絵にした。  そんなとき、母が買ってきてくれたはり絵の素材の中に、薄茶色の和紙があった。見れば見るほどしょうの毛の色そっくり。和紙はちぎると繊維が出るので、犬などの動物をつくるには、うってつけの素材。その和紙でつくったしょうは、本物みたいだった。いまだに、しょうの写真を見ると、笑いながら泣いてしまう。

(はり絵作家、絵・タイトルも)





3
猫が消えた訳知りたくて   

ラジオ出演の切ない記憶  渡辺順子 

中学生になるころまで、家にはいつも猫がいた。楽しい思い出がほとんどなのだが、私の中には、切ない記憶もしっかりと刻まれている。  妹と河原に行って拾ってきた「ミケ」との別れがそうだった。器量はあまり良くなかったが、いつも居間でどっしりと座って存在感があった。野良出身のプライドからか、何でも食べるし、毛繕いもトイレも外で済ませてくる。そんなミケがある日、遊びに出たまま帰ってこない。死んだ証拠もないまま日が過ぎて、悲しい気持ちはうっすらと長く続いた。  小学生のときに飼った別の雌猫もなぜか、子猫とともに姿を消した。昨日までにぎやかだったわが家の庭には、猫の小屋だけが残り、私は抱っこした感触やにおいを思い出しては泣いていた。子どもの私は、すぐに現実を受け止められなかったのだと思う。  「どうして、いなくなってしまったの」。その訳を知りたくて、当時放送されていたラジオ番組の子供相談コーナーに電話した。出演は恥ずかしかったが必死だった。回答者の先生は「神隠し」という言葉を使って、こう答えてくれた。  「猫の大好きな神様が、かわいいから自分のおうちに連れて帰ってしまったんだよ。いまごろ、ごちそうをもらって楽しく暮らしているよ」  それですっかり納得して安心したのだった。大人になってから振り返ると、思いやりにあふれた素晴らしい答えだったと思えてならない。  私は数年前から、小学生向けにはり絵教室を開いているが、いつも「なんで?」「どうして?」と質問攻めにあう。はり絵とは直接関係のないことを聞かれることもあって、どう答えたらいいのか戸惑うことも少なくない。そんなとき、あのラジオ番組と消えた猫のことを思い出したりする。

(はり絵作家、絵・タイトルも)





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その瞬間、ケロッと吐いた   

ペットを飼う覚悟  渡辺順子

ペットへの思い入れ。飼ったことのない人には理解しにくいかもしれない。例えてみれば子への愛情というより、孫に対するそれに近いだろうか。いてくれるだけで笑顔になれて、優しい気持ちになれる。  とはいえ…。いきなり現実的な話になるが、生き物を飼うとやたらとお金がかかる。近ごろそれが身にしみる。えさや予防接種の費用はもちろん、毎月のトリミング代もばかにならない。  ある時、病気やけがの治療費について考えさせられるアクシデントがあった。いま飼っているマルチーズの「タコ」が親指の先ほどもあるあんずの種をのみ込んだ時のことだ。  「種によっては胃の中で溶けずに腸閉塞(へいそく)を起こし、死につながるケースまであるらしい」。以前そんな話を聞いていた私はすっかり動転した。  運が悪いことに、その日はかかりつけの動物病院が休診。仕方なく近所でも評判の悪い別のところに電話することに。私は電話口でなるべく落ち着いて説明したが、獣医師は「すぐ連れてきて。おなかを切って出さないと死んじゃうよ。自分で吐き出すことなんか絶対ないからね」。  その言葉が先か後か、タコは大きな口を開け「ケロッ」と吐き出した。「出た! いま出ました…」。思わずそう叫ぶと、「お大事に」と電話を切られてしまった。  今にして思えばラッキーだったが、あのとき慌てて病院に駆け込んでいたら、おなかにメスが入っていたことだろう。電話を切った直後は「やぶ医者め」と憤ったが、そもそもの原因はうっかり種を床に落としていた私の不注意。  普段ペットに癒やしてもらうなら、飼い主には自分のお金や時間を注ぐだけでなく、常に注意して暮らす覚悟が必要だと思い知らされた。(はり絵作家、絵・タイトルも)


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愛犬のせいできれい好きに   

ご褒美は一緒の時間?  渡辺順子   

犬は猫に比べて、とても寂しがり屋だ。その点、私はたいてい家で仕事をしているからいい。ただこの数年は、はり絵教室を開いたり大学に通い始めたりで結構、家を空けることが多くなってきた。たまに飲み会などのお誘いがあれば、後ろめたさを感じながらも長時間、愛犬に留守番させることになる。  私が出掛けようと化粧を始めると、パフをくわえていって隠したり、自分よりも小さなかばんにお尻を入れようとしたりと、私の気を引こうと必死になる。それはそれでかわいかったりもするが、困ったのは留守中のいたずらだ。  帰宅が遅くなったときは必ずと言っていいほどごみ箱があさられ、置物やぬいぐるみは散乱。はり絵の素材にする和紙や作りかけの作品、買ったばかりのカシミヤのマフラーなどを、ずたずたにされたこともあった。最初に部屋を荒らされたときは、空き巣に入られたのかと本当に焦った。  けれどそんな“惨事”は少しずつなくなった。荒らされるたびに、飼い主の私のほうが学び、変わらざるを得なかった。なるべく寂しい思いをさせないように努力するのが第一なのだが、暮らし方も変わってきた。  テーブルには食べ物や仕事道具を置きっぱなしにせず、衣類もすぐにしまうようになった。ごみ箱は犬が届かないよう高さのあるタイプに変更。うちの犬はほこりを食べてしまうため、毎日、掃除機をかける習慣もついた。気づけば物であふれていた部屋は、いつもスッキリしている。  「出した物は元の場所に戻しなさい」「開けたら閉めること」。子どものころ何度注意されても改まらなかった無精者の私を、愛犬がきれい好きに変えてくれたのだ。そのご褒美は?  やはり一緒に過ごす時間を増やすことにしよう。(はり絵作家、絵・タイトルも)


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結局、私のための散歩?   

気分転換は愛犬と  渡辺順子   

いつも家で仕事している人なら、きっと分かってもらえると思う。例えば3日も外出しないで、ずっと部屋にこもっているとき。世間からとり残されたような、何とも言えない焦燥感に襲われることがある。  もちろん今は(インターネット交流サイトの)フェイスブックや、ツイッターを使えば、自宅にいても誰かとコミュニケーションが取れる時代。だけど友人などから「パーティー、ナウ!」といった、楽しそうな「つぶやき」が届くと、すっぴんでメガネ、ジャージー姿の自分に寂しさは倍増する。  「散歩でも行くか」  暇そうに大あくびをしている愛犬のマルチーズ「タコ」に、ふと視線を向ける。私はここ数年、近所の小学校ではり絵教室を開いているので、その辺を歩こうものなら、たちまち生徒や生徒のお母さんたちに出会ってしまう。  さすがに「すっぴん、メガネ、ジャージー姿」をさらす勇気はない。ちょっとだけ化粧して、ジーンズにはき替えれば準備OK。タコは「さ・ん・ぽ」という音に反応し、リードをくわえて大はしゃぎしている。  でも、それは自宅マンションの出口まで。外に出て5メートルも歩けばもう「抱っこしろ」と私の足に絡み付いてくる。無視しても、抱っこするまではずっとそうしたままなのだ。結局、私が抱っこして家から公園まで歩いていくことになる。  「あの犬さあ、散歩の意味なくねえ?」。すれ違った女子高生たちに、指をさされて笑われたこともあった。  そんな散歩が終わると、「すっぴん、メガネ、ジャージー姿」の焦燥感などすっかり忘れている。私のフェイスブックには「いい子に散歩しているタコ」の写真が載るのです。(はり絵作家、絵・タイトルも)

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犬がくれる出会いと発見 
初対面でもクッションに  渡辺順子   
はり絵づくりの仕事は、気が遠くなるほど細かい作業の連続だ。はさみの先を凝視しながら、素材の和紙をかたどっていく。ちぎった和紙の繊維を一本一本抜いたりすることもある。家の中で物も言わずに一日中、作業をやっていることもしょっちゅうだ。  10年以上続けているそんな暮らしに、散歩の習慣が加わったのは小型犬を飼うようになってからだ。犬と歩くと意外な発見や出会いがあって楽しい。  日ごろ自転車で通り過ぎている小道に入ると、自宅を改装したカフェや駄菓子屋、丸い旧型のポスト、お寺が目に入ってくる。よく見ると古くてもおしゃれだ。犬が進む方向に付いて行くうち、サクラ並木の小道に小川が流れているのを見つけたこともあった。しんとした空気と土のにおいを感じて、日ごろの肩こりやもんもんとしたものが消えたようだった。  天気がいい日には自転車のかごに犬を乗せて、近くの河川敷まで足を延ばす。たいてい似たような小型犬を連れた人が話し掛けてくる。行きつけのペットサロンや動物病院についてのあれこれ、愛犬の自慢話…。初対面の女性が、愛犬を亡くした悲しみやその死から立ち直るまでの経験について、しみじみと語ってくれたこともあった。  私は初対面の人と話すのは苦手な方なのだが、犬と一緒の時にはいろいろな人と話せる。犬がクッションになってくれるからだ。  そういえば小学生のころ、毎朝の通学路で、チワワを連れた大人の女性と顔を合わせていた。私と妹はチワワをなでさせてもらったり、あいさつしたりするうち、名前も知らないその女性といろんな話をしたものだった。いまあの女性と会えたら、どんな愛犬談議ができるだろう。
(はり絵作家、絵・タイトルも)




9
かわいいカズノコ?   

作品づくりのエネルギー  渡辺順子 

嫌なことがあったり、疲れて落ち込んだりした時、心のエネルギーを何で補給しますか?  おいしい食事、ツイッターでのつぶやき、カラオケ…。人それぞれだろうけれど私の場合、「かわいい!」と感じる気持ちが何よりの力の元なのだ。かわいいものに癒やされる度合いが人一倍強い気がする。それはきっと幼少のころからいつも、そばに生きものがいたからだろう。家には犬や猫はもちろん、ハムスター、インコなど、たいていペットがいた。  大人になって、はり絵をつくることが仕事になったが、そんな感情は今も私の土台のようなもの。ぽち袋や年賀状、食品パッケージのデザイン。時には雑誌のさし絵やテレビ番組向けの作品など…。いろんなジャンルの注文をいただくが、その99%は「かわいいものを」だ。  作品の種類は「動物」や「似顔絵」だけでなく「四季の風景」「食べ物」などさまざま。それでも「かわいい感じ」を求められる。いつだったか「カズノコ」のはり絵を作ることになった時も、そんなふうに注文されて「かわいいカズノコ?」と戸惑ったりした。それでも私自身はかわいいを追求することに、ストレスは感じない。  そんな作品に注ぐエネルギーは、どこから湧いてくるのだろう。自分のことを考えてみると、今の私の暮らしの中にも「かわいい」があふれているからだ。愛犬はもちろん、おいっ子、はり絵教室の子供たち。ベランダに植えた球根の芽さえも、見ているだけで心が和み豊かになれる。  イライラした時などに、愛犬がじーっとこっちを見ているのに気づくと、穏やかな気持ちになる。こんな環境は、毎日机に向かって「かわいい」をつくる私にとっては、うってつけなのだ。
(はり絵作家、絵・タイトルも)

思い出は作品づくりの要
鳴き声さえもよみがえる  渡辺順子
   
はり絵を始めて15年になる。病気で長期入院中の暇つぶしだったはずが、今では仕事として毎日、素材の和紙に向き合っている。  作品に登場する風景や人、動物たちのほとんどは、幼いころの記憶の中にある。写真も見ないで下絵も描かず、想像のままに和紙を切って貼っていく方法は、始めたころから変わらない。  生きものを描くときは、これまで飼ってきたペットたちが頭の中に勢ぞろいする。拾った子犬のフワフワの体。猫の毛並みや色、手触りは、何年たっても色あせずにはっきりと浮かび上がり、鳴き声が聞こえた気さえすることもある。  押し入れの中で猫が赤ちゃんを産んだこと、子猫たちがご飯を取り合う姿…。ペットたちとの記憶は私にとって、楽しかった思い出としてだけでなく、作品づくりの要となっている。  ぬいぐるみでもなく、子どもでも、妹でも、友達でもないけど、それぞれの要素を併せ持ったような存在。大人になってからも、ペットは私にとって、掛け替えのない存在なのだ。  ところで、私には3歳になるおいがいる。よくしゃべるいたずらっ子だが、動物好きで、アリさえ踏まないように歩く。私が言うのもおこがましいが、とても優しい子に育っていると思う。  この「おばバカ」ぶりはおいが生まれたころから続いていて、週に1度は自宅で預かっている。私の家には犬がいるが、おいとは大の仲良しで「オテ」や「オスワリ」も上手。両者は遊びの中で信頼関係や「人間は上、犬が下」ということを自然に覚えたようだ。  私がそうだったように、おいも生き物と関わりながらいろんなことを考え、発見していくだろう。その中で、自分より弱いものには優しく接することを忘れずに、成長していってほしい。(はり絵作家、絵・タイトルも)

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「ありがとう」と別れたい   

いくつもの切ない記憶 渡辺順子 

ある朝、車を運転していたら車線上に子供服のような物が落ちていた。少し嫌な予感がした。近づいて死んだ猫だと分かった瞬間、全身が硬直し冷たい汗が出た。  私は車を降りて近所の人に声を掛け、保健所に連絡してもらった。毛並みがきれいで、飼い猫だったに違いない。飼い主はどんな気持ちで捜しているだろう。ひいてしまったドライバーはなぜ、放置したのだろう。  いろいろ考えているうち、私自身がこれまでに飼ってきたペットたちとの記憶がよみがえってきた。楽しい思い出は数え切れないが、つらく悲しい経験もある。  必ずやってくる別れがそうだ。保育園のころ、初めて飼ったペットが小さなハムスターだった。世話をした記憶はあまりないが、冬の寒い日の夕方、硬くなっているのを見つけ、子ども心に「死」というものを知った気がする。とにかく悲しくてずっと泣いていた。  小学生の時、飼っていた猫たちが突然いなくなった時は、もんもんとした喪失感を味わった。むしろ死を実感したのは、中学時代から17年間も共に暮らした雑種の大型犬「しょう」の時だ。息のない冷たくなった体を目の前にしても、現実を受け止めるまでに時間がかかった。  「もっと散歩に連れていってやれば」「もっと一緒にいてやれば…」。いつも愛情を求めていた愛犬に対して、十分に応えてやれなかったことに後悔ばかり残った。 あれから数年。いま私は白いマルチーズを飼っている。病気やけが、不慮の事故…。いくら飼い主が注意しても、防げない場合もある。だからこそ「今日も幸せだった」と思ってくれるよう、毎日を過ごさせてあげたい。今度こそ「ごめんね」ではなく「ありがとう」と言ってお別れしたいから。
( はり絵作家、絵・タイトルも)